「再会Part.2」  奇跡的に再会した玉珠と一夜の閨事を重ねた藤次郎は、朝早く目を覚ました。目覚まし 時計を見ると、いつも起きる時間より一時間前…しかし、夕べのことで目覚ましをかけて いなかった…  傍らには、玉珠がまだ寝ていた。その寝顔は、すっかり安心しきっているのかまったく の無防備状態になっていた。  夕べのことが頭によぎった。幸せな気分だった…  「…こうして、お前とまた逢えてよかった…」  藤次郎は、玉珠の寝顔を見ながら独り言を言った。心なしか、玉珠の顔も幸せそうな顔 をしていた。  藤次郎は、その頬に手を当てて、やさしく撫ぜた。そしてふと、なぜか以前、友人から 彼女と寝ていて、朝起きたら、化粧をされていたという話を思い出し、玉珠の頬に”の” の字を書くしぐさをした。  そのとき、玉珠はパチリと目を覚ました。藤次郎は驚いて身を引いた。  「ふわーーぁ」 と、玉珠はあられもないあくびをすると、  「おはよ、藤次郎…」 と言って、ニッコリと微笑んだ。その微笑があまりにも可愛かったので、  「おはよ、お玉」 と言って、玉珠の髪を指ですいた。玉珠は猫のように目を細めていた。  「…あきれたぁ、見事に何もないのね」  「ハハハッ」 と、言いながら冷蔵庫を覗き込む玉珠に藤次郎は、苦笑いするしかなかった。  「朝食を買いに、コンビニに行こう」  「うん、そうね」  アパートを二人連れ立って歩く。歩いている玉珠の横顔を見ながら、また、夕べのこと を思い出し藤次郎はなんとなくにやけてしまう…しかし、その視界の中に何か動くものを 認識して、視線を下に移すと、玉珠の胸が弾んでいた…はずんでいたぁ!?藤次郎は、驚 いて、  「…おまえ…ノーブラ?」 と言うと、玉珠は、藤次郎の言葉にハッとなり、  「キャァ!」 と叫んだ途端、玉珠は自分の胸を両腕で隠し、その場に座り込んでしまった。そして、  「いやぁん、すっかり忘れてた…ブラ、洗濯機の中だった…」 と赤面して情けなさそうに藤次郎の顔を見上げた。  「どうしよう…」  「戻る?」 と、聞いた藤次郎の耳に「グーー」と言う音が聞こえた。音の主は玉珠のおなかで、それ を聞いて玉珠は、よけい赤面してしまった。  「コンビニに行ったほうがいいね…」 と、笑って言うと、  「そうね」 と、玉珠も苦笑して答えた。  玉珠の手をとって、玉珠を引き寄せた。  それ以降、ノーブラ状態が恥ずかしいのか、玉珠は、藤次郎の腕にぶら下がるように歩 き、自分の胸を藤次郎の腕と背中に押し付けるようにしていた。その感触といい…また、 玉珠から、ほんのり甘い香りがして、それが、藤次郎とっては嬉しかった。  コンビニからの帰り道、  「ひょっとして、昨日の晩、コンビニに行ったときも?」 と、小声で藤次郎が聞くと、  「…うん…」  玉珠は、うつむいて答えた。ここで、藤次郎はふと、  「下は?」 と、聞いた。途端に玉珠は、真っ赤になり、  「ばかぁ!!」 と、大声で叫んだ。その途端に周囲の視線を気にして、  「履いてるわよぉ…生乾きだったけど…」 と、小声で言った。どうやら、夜中に起きてショーツだけ洗濯機から取り出して履いたら しい…  藤次郎のアパートに戻ると、時間はすっかり、いつもアパートを出る三十分前…二人は、 夕べの余韻に浸る暇なく、慌てて朝食を採ると、二人同時に着替えだした。  玉珠は洗濯機からブラジャーを探し出すと、  「あん。まだ乾いていない…」 と、言いながらも、ブラジャーを着けていた。  「ブラウスは…こっちは、全然乾いてない…困ったわ」  玉珠は、周囲を見渡すと、  「ねぇ、藤次郎」  「なに?」 と、玉珠が急に甘えた声を出したのに驚くと。  「シャツ貸して」 と、唐突に言った。  「えっ?」  「ブラウスがまだ乾いてないのよ…このままじゃ着られないの…」 と言って、玉珠は、自分のブラウスで目から下を隠し、訴えかけるような上目遣いで藤次 郎を見た。  「…しようがないなぁ…」  藤次郎は、暫く思案していたが、ふと、押入れを開けてそこにあったダンボールを引っ 張り出し、その中からクリーニングの袋に入ったシャツを取り出すと、  「これならどうだ?縮んで首のボタンがとめられないから、捨てようと思っていた奴だ けど」  「わぁ、ありがとう」 と、玉珠は喜んで早速着てみた。そして、洗面台に行き鏡を覘くと、居間に戻るなり、  「藤次郎。針と糸貸して」 と、言った。藤次郎が「何をするのだろう?」と思いつつも裁縫箱を渡すと、玉珠は、簡 単にウエストや袖を縮めて、  「うーーん、まだ大きいみたい…でも、大丈夫!」 と、玉珠は自ら言い聞かせるように言った。藤次郎はその動作を黙って見ていたが、それ はただ感心していたからである。  「さて、そろそろ出かけようか」  「うん」  二人は急いでアパートを後にした。  途中の駅まで玉珠と一緒…数駅だけの甘いひととき。その間、簡単なとりとめのない会 話を二人はしていた。そうしているうちに、玉珠が電車を乗り換える駅に着いた。  「また後で…電話してね」 と言って、玉珠は向かいのホームの電車に飛び乗った。やがて、ホームにベルが鳴り響き、 それぞれの乗った電車はホームを離れた。そこからしばらく電車は併走する。  ドアの窓越しにお互い見つめ合う。ふと玉珠は藤次郎を指さし、それから自分の首を指 した。どうやら、藤次郎がネクタイをしていないことを言ってるようだ。藤次郎はすかさ ず、自分の首を指し、それから網棚の上の鞄を指さした。それを見て玉珠は納得したらし く、微笑んで小さく手を振った。こんな仕草でも会話が成り立つほど、二人は通じ合って いた。  やがて、電車はそれぞれの行き先に別れて行く、二人はお互いの姿が見えなくなるまで 手を振っていた。  「…あのときは、会社に行ってから係長にさんざん冷やかされたなぁ…」  「あら…わたしも…遅刻ぎりぎりに駆け込んで、同僚の女の子達に散々冷やかされて、 暫く社内で『早速、橋本は取引先に男を作ったぞ!』って、言われて…まぁ、本当のこと だけどね」 と、言いながら、成人した子供達の前で、玉珠は、自分でぶつけたグラスの直撃を受けて 瘤を作った藤次郎の介抱をしながら笑っていた。  …後日談として、あの日藤次郎が玉珠にあげたシャツは、玉珠の手によって仕立て直さ れて、玉珠が時々着ている。また、藤次郎が捨てようと思ったシャツは玉珠が貰い、藤次 郎のアパートに泊まる際の寝巻きになったりして、藤次郎を喜ばせていたりする。 藤次郎正秀